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2020年5月6日水曜日

両手が触れているバット握りが強力な理由

 さて前回、両手をつけて持つ剣の持ち方が、意外と強いという話をしました。両手を離して持つ、ねじれ四角形に対して、三角形だから強いという結論でしたが、もう一つ理由があります。

 実験を一つ。
 右手を前に出します。誰かに、手のひらを上から押し下げてもらい、それに抵抗してみましょう。
 次に、同じように右手を出し、左手の指一本で右手に触れます。その状態で右手を押し下げてもらって下さい。

 左手で触れているときのほうが、ずっと力が入る感じがしませんか? 
 触れているのは指一本、決して支える助けにはならないはずですが…。

 以前にも書いたかもしれませんが、脳は身体の状況を常にモニターしています。腕が思っている位置にあるか、きちんと必要なだけの力を出せているかなどを判断し、力の方向や大きさを決めてるわけですね。
 しかし、身体の状態を測定するのは簡単ではありません。

例えば、手のひらの状態をモニターする場合。
①肩の角度を基準に、肘の位置を推測。
②肘の角度を基準に手首の位置を推測。
③さらに手首の角度を加味して、手のひらの位置を推測。
 と、伝言ゲームのようにいくつもの段階を踏みます。関節の数をまたぐほど誤差が積み重なって、データは不確かになってしまうのです。

 ところが、もう一方の手が触れていると、話が変わります。
 それぞれの手による測定を突き合わせて誤差を修正するので、一気にデータの確度が上がるのです。
 脳は、信頼できる情報をもとに、十分な力が出せるようになる。
 それが、両手が触れている「バット持ち」で、力が入る理由の一つだと考えられます。

 子供用の護身術の話ですが、腕を掴まれたときに、手を組んでから身体を回して振り払う技があります。
 これは、輪を作ることで、引く力と押す力を合わせるという目的です。もしかしたら、その方が力が入りやすいという意図もあるのかもしれません。

2020年4月29日水曜日

剣の「バット持ち」は意外に強い

 剣の持ち方、たいていは両手の間隔をあけて、鍔元と柄頭を持ちますね。現代剣道も、この持ち方です。

 その一方で、野球のバットを持つように、両手をくっつける持ち方もあります。
 夢想願流の伝書には両手をつけている絵が描かれていますし、天然理心流の伝書の一部にも「左右の手を付けて持つなり」という記述があるそうです。

 甲野先生も、もっぱらこの持ち方で、そのまま鍔迫り合いで相手の剣を抑え込んだりしますね。

 両手をつけて持つ、この持ち方。一見、力が入りにくそうに見えますが、力学的には合理性があります。

・三角形と、ねじれ四角形

 わかりやすく図にしてみます。
 上図が、それぞれの持ち方の模式図。拳がドラえもんの手のようになっているのはご容赦下さい。

 下図は、体幹部を加えて、直線で表したもの。
 左の図が三角形になっているのに対して、右側の図は四角形をねじった、不安定な立体になっているのがわかりますね。

 三角形(トラス)が、外力に対して強く、歪みにくいのは、ご存知の通り。
 四角形、それも、ねじれた四角形は極めて外力に弱く、簡単に変形してしまいます。

 両手を離して持つ方が力が入りそうですが、それはあくまで「右手で押し、左手で引く」という動作に限った話。
 横からの力については「伸ばした腕を横から押される」のと同じで、テコの原理的に、弱くなってしまうのです。

・両拳をつけるのが強い理由

 両拳をつけて持つ場合、拳の触れる場所を頂点として、三角形が形成されます。変形しにくい三角形を体幹が支えることで、拳のねじれが防がれて、強い力に耐えられるのです。

 ただ、この持ち方では「右手で押し、左手で引く」という、テコを使った操作ができません。
 腕で剣を振るのではなく、体幹部の動きで剣を導くので、基本操作も難しいものです。
 練習や上達が難しいために、主流にはならなかったのだろうと想像します。

 ただ、この持ち方の強さにはもう一つ、脳の働きも関わっているのではないかと考えています。
 その話については、次回。

2019年10月10日木曜日

「中心から動く」の意味


 武術に限らず、運動は筋肉で骨格を動かすもの。
 しかし、人間の関節は、単体で強い力を出すのに不向きな構造になっています。

 図のように、関節を動かす筋肉がついているのは関節の根元。骨を一つのテコとして見ると、力点は関節に近く、作用点は骨の先端です。

 シーソーの原理でわかるように、先端の力は強く、根元の力は小さいもの。どんなに頑張っても、先端に伝えられるのは、筋肉の出す力の数分の一しかありません。

 では、どうやって大きな力を伝えるのか。
 一つ上、つまり体幹部側の関節を使うことで、関節の動きを助けます。 パターンは大きく分けて2つ。

①2つの関節を同じ方向に動かすことで、遠心力を利用する方法。

②逆方向に動かし、慣性を利用した回転で補助する方法。

 この動きに、本来の肘関節の力を加えることで、強い力を出すことができます。 さらに肩を体幹部の筋肉で…と連鎖させるなら、理論的には全身の力を手足に集中させることもできるはず。

 大事なことは、この関節を同じタイミングで使わないこと。①も②も、大きな関節と小さな関節を同時に使うと、小さな関節は負けてしまいます。

 中心が先に動いて、末端を後に使うことで、末端の負担を減らしてやれます。よく「中心から動け」というのは、単に体幹を使うという意味ではなく、こうしたタイミングをも含んでいるのです。

2019年8月18日日曜日

剣道で「送り足」が使われるわけ

 剣道では、右足を前、左足を後ろにしたまま、すり足で動く「送り足」が基本になってますね。

 しかし、宮本武蔵の五輪書では「足は左右交互に踏む」と、歩み足を推奨していますし、古流剣術の型も、ほとんどが歩み足。剣道連盟の制定型でさえ、送り足は一部でしか使いません。 
 では、なぜ剣道では送り足が主流になっているのでしょうか?

・送り足のメリットとデメリット
 送り足にもメリットとデメリットがあります。

 メリットは、構えを崩さずに動けること。自分の得意な構えを保ったまま、前後左右に移動できるのは強いです。攻撃、防御とも、すぐに行えますね。

 デメリット。
 まず、長距離に弱い。短距離を素早く移動するのに向いていますが、長距離の移動では歩み足に勝てません。
 あと、右前の構えを固定している前提では、真後ろに振り向くなどという動作も難しいです(左前に変化するなら、簡単)。
 意外なのは坂道。上り斜面では、びっくりするほど動きにくいです。


・送り足は微調整に使われる?
 古流剣術の型を見ていると、特定のところで送り足が多用されているのがわかります。

 多くの型は、5,6メートルの距離をおいて、向かい合ったところから始まります。そこから接近して打ち込むまでは、歩み足。
 打ち込んだ後の攻防では、左右を踏み変えない、送り足が使われます。わずかな間合いや、微妙な位置の調整です。

 剣術では、わずかな間合いが勝敗を左右します。送り足は、こうした微調整とも言える動作で、有利に働くと考えられそうです。

・剣道の試合では送り足が強い!
 話はもどって、剣道で送り足が使われるのは、ほぼ微調整だけで試合が成立するからでしょう。

 一足一刀の間合いから始まりますから、駆け寄る必要はありません。
 相手が走って逃げることはないので、追いかけるための長距離移動も不要。
一対一の戦いなので、急な体勢転換もいりません。
 この条件では、微調整に長けた送り足が有利になります。

 以前の回し蹴りと同じで、これも試合に特化した習慣の一つだと言えそうです。 

2019年8月5日月曜日

武術で「筋トレはするな」と言われる理由

 スポーツや健康の領域では、筋トレをするのはもはや常識ですね。
 その一方で、武術や格闘技の世界では「筋トレをしてはいけない」という意見も根強く存在します。
 私は、どちらかというと後者です。筋肉を鍛える必要はありますが、それはかなり注意深くならなければなりません。

・トレーニングマシンの問題点は
 とくに問題なのは、トレーニングマシンを使って、特定の筋肉を鍛えることです。
 トレーニングマシンは、狙った筋肉に負荷をかけるように設計されています。そのためには、目的の筋肉だけを動かして、それ以外の筋肉を固定することが多いですね。
 筋肉は、過大な負荷をかけて筋繊維を壊すことで、より強くなる超回復が起こります。狙った筋肉にだけ重さをかけるのが有効ということになります。
 しかし、それは目的にかなっているでしょうか?

 身体をデザインするボディビルダーや、足の筋力が弱った高齢者など、筋肉を増やすこと自体が目的なら、その選択肢は正しいです。
 しかし、トレーニングの目的は、あくまでパフォーマンスを上げることのはず。

 このブログで何度も書いているように、力学的に楽な動きは、多くの部分を同時に操作することで、効率化を達成しています。
 一部の筋肉だけに荷重をかける動作を習慣として行うことが良い動きにつながるとは思えません。

・重いものを軽く使う工夫
 直心影流など、日本の古流剣術でも、振り棒という、重い木刀を振って、身体を鍛える方法がありました。
 ただ、この目的は「重いもので筋力をつける」ことではありません。目的の動作を、荷重を増して行うことで「重いものを軽く使える、より合理的な身体の使い方」を追求するものだったのです。

 筋肉を増やすことが悪いのではありませんが、良い動きが目標なら、その目的も同時に追求したいですね。
 筋トレをするなら、負荷をかけつつも、「負荷を少なく感じる」ような動きを考え、工夫を重ねてゆくのが良いと思われます。

2019年7月2日火曜日

スタートダッシュを0.1秒縮める

 前回書いた「筋肉の遊び」は、他の場面でも見られます。もちろん、こうした遊びによるタイムロスを減らせば、スポーツでは有利ですね。

 例えば、陸上のスタートダッシュ。学生スポーツなどでは、スタートの合図とともに、全身にグッと力が入り、それから動き出す選手がいたりします。これも、止まっていた筋肉が動き出す前に「あそび」があるからで、損している選手は少なくないと思います。

 この対策の一つに「動き続ける」ことが挙げられます。
 動き続けるといっても、バタバタするというのではありません。スタートする前に、微速度で動き出してしまうのです。一秒に数ミリというような、動いているのかいないのかわからないくらいの動きです。

 微速度でも、筋肉はすでに動き出す司令を受けているので、全身のあそびは少なくなっています。そのため、スタートの合図が出た瞬間に、あそびが無い分だけ、早く出られるというわけ。

 すでにやっている方も多いかもしれませんが、もし意識したことがなければ、試してみるのも面白いと思います。 

2019年6月27日木曜日

射撃での手ブレを防ぐ

前回は、一拍子の動きの話。

別々の場所を同時に使うことで、筋肉によるあそびが減らせるという動きについて書きました。

 この、別々の動きを同時にという方法は他にも使いみちがあります。面白いところでは、精密な動作での手ブレの予防。
 
 かなり前のことですが、レーザーガンの射撃をやらせてもらったことがあります。
 射撃競技には、実際の弾を飛ばすのではなく、光線による電子的な射撃を競う競技があります。弾の出る銃と違うのは、狙っている間も銃がどのように動いているか、画面上でモニターできることです。

 自分では静かに狙っているつもりでも、パソコンの表示では、銃口がフラフラしています。
 筋肉のあそびがあるために、銃口をわずかに動かしたくても大きく動いてしまうのが原因です。


 そこで前回書いたような、二箇所を同時に使う方法を試してみました。体幹を左に回しつつ、肩を右に向かって開き、相殺させることで銃口を安定させようとしたのです。
 この方法を取ると、画面上で見ても、左右のブレがかなり小さくなっているのがわかりました。
 指導してくださった方によると、初心者にしては、なかなかのものだったそうです。


 止めようとするのではなく、動き続けることで、かえって安定する。矛盾するようですが、これも人間の身体の構造によるものです。

2019年6月14日金曜日

一拍子の動きとは何か?

 前回、連続的な動作には一拍子の動きが必要と書きました。
 一拍子とは、一回の動作ですべてが完結すること。複雑な動作が一回で完結するとは、どういうことなのか?

・筋肉には「あそび」がある
 「あそび」とは、力が伝わらない範囲のこと。
 車のハンドルを左右に動かすと、1~2センチほどガタガタと動くのはご存知だと思います。これがあそびです。車の場合は、ハンドルの動きがすべてタイヤに伝わると、かえって運転しにくいので余裕をもたせてあります。

 「行って返って」が難しいのは、筋肉にも「あそび」があるからです。
 例えば、手を上下する場合に、肘で往復するとします(上図)。

 肘を曲げるときは、肘の内側の筋肉が縮みます。このとき、外側の筋肉は緩んでいますね。

 次に伸ばそうとすると、外側の筋肉が縮みはじめます。ところが、肘はすぐに動き出しません。

 外側の筋肉は先程まで緩んでいたので、緩みがなくなるまでは腕に力が伝わらないのです。屈伸のたびに、筋肉の緩み分(正確には、関節も)タイムロスが生じます。そのため往復の動作をすばやく行うのは難しいのです。

・一拍子とは、一方通行の組み合わせのこと
 では、どうするか。往復の動きを、分業すればいいのです。先程の手の上下で言うと、上げるのを肩、下げるのを肘で行う。こうすると、どちらの筋肉の動きも一方通行なので、緩みから張るまでのタイムロスがありません。ついでにいうと、上げ終わる前に下げ始める(逆の動きの重ね合わせ)ことで、さらにロスを減らすこともできます。

 つまり一拍子の動きとは「一方通行の動作をタイミングをずらして組み合わせることで、タイムロスを作らない動き方」です。

・すり抜ける影抜きの動きを表現してみます

①切り込みは、腕と肩甲骨の回転に、体幹の差し替えで行います。
②止めるための移動を、肩甲骨の右前方への移動で行い、その反作用は体幹部で吸収します。
③跳ね上げを左半身の沈めで行い
④戻すのは、重力を中心に、動き出しは体幹の慣性で行います。
(本当は、もっと細かい操作も行っていますが、主になる部分だけを取り出しています)

 動作は、どれも一方通行で、往復している部分はありません。腕が①と④で二回働いているように見えますが、切込みは②③の間、遅くなっているだけで一回の動き。これも、動作の重ね合わせの一つです。

 もっと上手くなると、一方通行の組み合わせが循環するようになって、切れ目なく連続した動作になると思うのですが、私はそこまで達していません。

2019年6月6日木曜日

影抜きの方法論② 目標を飛び越す影抜き

 影抜きにはもう一つ、立ててある棒を斬ると見せて、飛び越すものがあります。ちょっとみると、刀が棒を通り抜けたように見えて面白いものです。

 この技は実戦で使う技ではなく、身体の使い方をみるためのテスト的な意味合いが強いものです。

 なぜテストになるのかといえば、空中に支点を作りつつ、いくつもの動作を重ねて行う、多重操作が必要な技だからです。


 具体的な動きは、上図のようになります。
 右上から切り込んで、目標に当たる直前で刃を真上に跳ね上げ、目標を通り越したところで元のコースに戻る。

 途中の動きを分解して解説すると、次の図のようになります。薄い色が操作前、濃い色が操作後の位置です。

 
①右上から、回らない動きで切り込む
 
②目標物の手前で、刀と腕を切っ先方向へ送って止める。
 前回書いた方法です。送る方向は、袈裟斬りの都合上、やや右方向。その反作用は、体幹を左へ送って吸収します。

③それと同時に、左半身を沈め、柄頭を引き込むように下げます。刀の重心が仮の支点になり、剣先が跳ね上がります。
 
④目標を越えたところで柄を前に出すと、重力の作用で剣先が下がります。元のコースまで下りたところで体幹の左運動を使って進ませます。
 
 操作としては、柄を前後に操作する感じですね。図で見ると、結構簡単そうですが、高速で行うのは、かなり難しいのです。

 というのは、この前後の動きを腕で行おうとすると、「行く 戻る 行く」という、三拍子の動きになって、刀の速度についていけないからです。
 実現するには、隙間のない一拍子の動きを使わなくてはなりません。

 次回は、一拍子の動きについて。

2019年6月3日月曜日

「影抜き」の方法論1.5 刀を止める力学

 次の、目標物を飛び越す影抜きの前に、刀を止める方法について書かなくてはなりません。いわゆる寸止めです。

・前提…回らない打ち込み
 とはいえ、足を踏ん張って全身を回しながら打ちこむと、体重と刀を合わせて60キロ、70キロの物体の回転運動になりますね。そんな運動を止めるのは難しいので、回らずに打ち込むのが前提です。

 ではどうするか。
 以前に、居合の刀の動きについて書いたように、刀は全体として前回転しながら、目標に向かって運動している動きです(上図)。

・刀は一直線になると止まる

 この動きでは、刀は前下方に向かいつつ、前向きに回転しています。 

 全下方に向かっているそこで刀の回転にのるようにして柄を浮かせてやると、刀が振り切られる前に重心と柄の位置が一直線になり、これ以上回転できなくなって、切っ先が止まります。
 また、前方に向かっていた慣性のエネルギーも、腕を引っ張るだけの直線運動になるので、体幹の重さで簡単に止められるのです。

・中心からの距離と回転
 さらに、刀が前方に伸びることには、もう一つの意味があります。

 刀全体の動きはカーブ(円弧)を描いているので、前方に伸びるのは、遠心力によって中心から離れてゆく、いわば投げ出される動きです。

 以前モーメントの話で書いたように、回転しているものは、中心からの距離が遠くなると、回転が遅くなります(スケート選手が、腕を広げることで回転を止めますね?)
 刀と腕全体の回転運動も、回転の中心から遠ざかることによって減速し、容易に止められるようになるのでした。

 さて、これで「目標をすり抜ける影抜き」の準備ができました。

2019年5月19日日曜日

「影抜き」の方法論①…刀の軌道を変化させる技

 打ち込む太刀筋を、空中で変化させる技があります。甲野先生は「影抜き」と呼んでいました。

 例えば、右袈裟に切り込んだ剣を、相手の剣にぶつかる寸前で左袈裟に変える技。
 その他、デモンストレーション的な技ですが、立ててある棒に切り込むように見せながら、コースを変えて棒を飛び越す技も。速度次第では、剣が棒を通り抜けたかのように見えます。

 こうした剣の使い方にも、もちろん理論があります。

・右袈裟を左袈裟に変化させる影抜き

 この変化は、空中に支点を作る動きの一つです。


 刀を右から切り込む動きから、刀の重心を中心として鼓形に回すイメージになります。

 具体的には、切り込みの途中で刀の重心(鍔の部分より少し上)を中心に、
柄を前⇒右へと、右まわりに引き込みます。

 柄を剣尖方向に押し出すことによって、剣尖の動きは止まり、次の右回りの動きで、弧を描くように左からの切込みに変化します。


 回すイメージは鼓形ですが、剣全体の重心は前下方へ進み続けているので、右図のようなコースを描きます。
 刀の運動エネルギーは、重心の移動と回転運動の合成です。重心の運動を止めたり変えたりするのは大変なので、重心の運動はなるべくそのまま、重心を軸に回転させるだけの操作を行います。

 なお、柄を右へ引く動きを腕で行おうとすると、キレの悪い動きになります。この回転は腕で作るのではなく、体幹の左右を差し替えて(右肩が前になっていたのを左肩が前になるように入れ替える)行います。水鳥の足(浮身)を使うと、差し替えが楽です。
 あくまで腕と体幹を別々に使うことが条件になります。

2019年5月6日月曜日

体幹部をもっと使うために ③ 骨盤

 体幹部で気をつけたいところの一つが、骨盤です。実は一つの骨ではなく、3つの骨が寄り集まってできているので、ほんの少しだけ動きます。

 図にある仙腸関節と、恥骨結合(矢印)が、に柔軟性があって動きます。

 この骨盤の動きには3つの役目があります。
 一つは、ショックアブソーバーとしての役割。
 骨盤を囲んでいる靭帯の弾力によって、衝撃を吸収します。

 2つ目は、体幹部の運動を助ける役目。靭帯と足の筋肉で支えられた構造なので、体重の移動にともなって動いてくれます。例えば、右側に体重をかけると、仙骨の右側が沈んで、曲げを助けます。

 3つ目は、股関節の動きを助けて、足の動く範囲を広げてくれます。身体が固い、という人は、骨盤の動きも悪いことが多いです。

 こうした骨盤の動きを意図的に使うのは簡単ではありません。とはいえ「骨盤が動く」と知っているだけでも動きは変わるもの。今度、腰を動かすときには、ちょっと意識してみて下さい。 

2019年4月23日火曜日

余談…ねじれるのは腰ではなく、背中という事実

 脊椎ついでの余談です。
 スポーツなどでは「腰をねじって」といわれることがありますね。
 でも、実は腰はあまりねじれないのです。

 脊椎は、上から頚椎、胸椎、腰椎の三種類に分けられます。
 体幹の動きに関わるのは胸椎と腰椎。肋骨がついているのが胸椎、ついてないのが腰椎です。

 さて、身体をねじるとき、一般的には腰をねじっているという実感があると思います。しかし、腰の構造は、ねじるのにはあまり向いていません。
 右の写真を見て下さい。
 上が胸椎(背中)の後ろ側。継ぎ目が平面的に重なっているのがわかりますね。
 下が腰椎の後ろ側。下の骨が、上の骨を左右から挟んでいるのがわかるでしょうか?

 脊椎がねじれるには、この継ぎ目が左右に動く必要があります。胸椎の継ぎ目は平面的なので(赤い矢印)、左右に動くことができます。ところが腰椎は、左右から挟み込まれているので動けず、ほとんどねじれません(前後左右に曲げることはできる)。

 実際、椅子に座って、背骨(腰椎)の出っ張りを触りながら、身体をねじってみて下さい。思った以上に、骨が横に動いていないと思います。
 首の後ろの骨に触りながらねじると、動いているのがわかるはず。

 腰がねじれると感じるのは、胸椎がねじれたときに引っ張られた皮膚が、腰で斜めに張るからですね。あと、股関節が(骨盤の仙腸関節も少々)動いて腰全体が回るのを、腰椎の回転であると感じることから来ています。

 本当に腰を強くねじろうとすると、傷めることもありますので、ご注意下さい。

2019年4月17日水曜日

もっと体幹を使うために②…脊椎の操作

  脊椎もいろいろ動かせる部分です。
 もちろん、わかりやすい「前かがみ」「後ろにそらす」もあるのですが、使いようによって、もう少し器用な事もできます。

 図は人間の脊椎を横から見たところ。脊椎のS字カーブがありますね。背中のあたり(胸椎)は後ろ側が膨らむように、腰のあたり(腰椎)は前が膨らむようになっているのがわかりますね。

①運動の支点を増やす
 動きの支点をずらす話を書いたことがありますが、脊椎でも同じ。曲げるということは、そこが運動の支点になることを意味します。

 身体を前に曲げる時、普通は腰を主に使うことが多いですね。もし、腰と背中が別々に作動すれば、支点が増えるわけで、それだけ動きのバラエティを増やせるわけです。

 たとえば、腰の反りを深くしながら前に出てゆくと、上半身(というよりも胸)が小さいながらも円運動することで、相手の力とぶつかるのを減らすことができます。

②前傾姿勢を作る
 骨盤が後ろに傾くと、背中の反りはなくなり、腰は丸くなります。骨盤と脊椎のつなぎ目が後ろに移動することで、上半身は身体を前に傾けたのと似た姿勢になります。
(右の図でピンクの線)


 これは、前に動き出すのに有効です。
 「額を指で押さえるだけで、椅子から立てない」という科学手品をご存知の方は多いと思います。私たちが前に出るためには、身体を前に傾けることが必要で、ふつうは腹筋や、腸腰筋を使って傾けます。
 この操作では、肩、首の位置や角度がほとんど変わらないまま前傾したのと同じ効果が得られるので、立ち上がることができます。
 組技で応用することもできます。

③身長を変える
 脊椎のカーブによって身長が変わるのは、なんとなくわかりますね。

 通常の状態から、少し力を抜いて脊椎に体重をかけると、カーブが深くなり、背が低くなります。逆に、背中を凹ませ、骨盤を立てるとカーブが浅くなり、身長が伸びます。その差は3~4センチ程度。

 長さとしてはわずかですが、この伸縮は体重のコントロールに使えます。とくに、足にかける体重を抜いて操作する「水鳥の足」という技法では有効で、上半身をそのままに、腰だけを落として足を自由に使うときなどに有効です。

 この「水鳥の足」、私が甲野道場に入った頃は普通に話していましたが、最近ではあまり言われることがないようです。これについても、そのうち解説します。

2019年4月8日月曜日

もっと体幹を使うために①…肋骨の操作

 体幹を作る、というと「インナーマッスルを鍛えて、しっかりした体幹を」という話になることが多いです
 とはいえ、体幹は筋肉の集まり。いろいろな動きが可能な部位でもあります。単なる土台として使うのはもったいない話です。

・肋骨の動きは上下方向

 ということで、まずは肋骨の話を。
 肋骨が動くことは、みなさん、深呼吸でご存知の通り。本来は呼吸のための動きですが、呼吸と関係なく動かすこともできます。

 右の図は、脊椎と肋骨を横から見たところ。肋骨が脊椎についているのがわかりますね。肋骨の運動は、脊椎とのつなぎ目を支点にした、扇形の動きになります。
 肋骨の前側は、胸骨という骨でつながっているので、この胸骨が持ち上げられたり、下がったりするのが、主たる作用です。

・肋骨を動かす意味
①前傾の助けになる
 胸骨と肋骨が上がると、胸筋も持ち上げられます。胸筋分の重量が上昇する反作用と、腹部の筋膜が緊張することで、身体を前傾する助けになります。量としては大きくないのですが、バランスを変えるきっかけとして使えます。

②肩の動きの補助になる
 肩甲骨は肋骨の上に乗っており、筋肉でつながっているので、肋骨が動くと肩も動きます。この動きは、肩甲骨を動かす筋肉とは別に、独立して動かせるので、うまく組み合わせると腕の動きを軽くすることができます。

 この肋骨の動きが固い方も多く、それが肩こりの原因になっていることも多いのです。その場合は、脊椎と肋骨の継ぎ目をゆるめる施術を行います。

 次回は脊椎について。

2019年4月2日火曜日

「見えない動き」「消える動き」とは何か②ミラーニューロン

 前回の続きです。
 ちょっと長い引用になりますが、ミラーニューロンとは…

「霊長類などの高等動物の脳内で、自ら行動する時と、他の個体が行動するのを見ている状態の、両方で活動電位を発生させる神経細胞である。他の個体の行動を見て、まるで自身が同じ行動をとっているかのように"鏡"のような反応をすることから名付けられた。他人がしていることを見て、我がことのように感じる共感(エンパシー)能力を司っていると考えられている」(Wikipedia)

 私たちの脳は、他人の行動を、ただの映像としてみているわけではありません。自分が同じ動きをしているかのように再現し、いわば「身体を通して」理解しているのです。

 さて、ここで大事なのは
「自分が同じ動きをしているかのように」
 というところです。

 経験的に感じていることですが、人間が一度に操作できる関節の数には、個人によって上限があります(意図的に練習すれば、増やせる)。

 このブログのテーマでもありますが、力学的な(筋肉の)負担と、情報的な(脳の)負担はトレードオフ。効率の良い動きになるほど、一度に操作する関節の数が多く、動かし方も複雑になります。
 それを見ている人の、関節操作力が追いつかないとどうなるでしょうか。

 ミラーニューロンが他の人の動きを再現するといっても、基準は自分の動きです。たとえば、8個の関節を同時に動かす動きは、5個しか使う習慣のない人には、再現できません。
 その部分についてはミラーニューロンによる脳内イメージを作ることができず、欠落することになり「見えない」と認識されるのではないでしょうか。

 これが、ミラーニューロンから考える「見えない動き」の仮説です。

 もし、稽古を重ねて同じような動きができる(少なくともイメージできる)ようになれば、見えない動きも見えるようになるでしょう。

 小説や漫画で出てくる「お前の動きは見切った」というセリフ。技が正確に見えるなら、その技の動きを具体的な身体の動きとして理解できていることになります。
考えようによっては、深い内容なのかもしれません。

2019年3月29日金曜日

「見えない動き」「消える動き」とは何か①処理落ち

 古武術では、動作について「見えない(消える)動き」という表現が使われることがあります。これは、速度が速くて目に見えない、という意味ではありません。
「どう動いたかがわからない、いつの間にか動作が終わっている」というタイプの動きです。上級者の動きでは、実際の速度がそれほどでもないのに、なぜか見えなかったりします。

 超常的な話ではない以上、なんらかの理由があるはず。
 ポイントになるのは、「効率の良い動きは、通常の動きよりも同時に使われる関節・筋肉の数が多い」こと。そこからいくつかの仮説を立ててみます。

仮説1.目印の消滅

 夜空を見ている時、雲が流れると、まるで月が動いているように見えることがありますよね。これは、夜空に目印がないため、正確な動きがわからなくなるのです。

 動きの方向や大きさを見るには、基準になる目印が必要です。
 例えば手先の動きを見るには、肘を基準にしますし、肘の動きを見るには、肩や体幹部を基準にします。
 その際、基準になる関節も同時に動いてしまうと、動きの方向や大きさを正確に読み取れなくなってしまいます。その結果としてどう動いたかわからなくなるのではないか、という仮説です。

仮説2.処理落ち

 「処理落ち」は、コンピュータの用語です。あつかう情報の量がコンピュータの能力を超えてしまった場合に、処理が遅くなったり、飛ばされたりすることをさします(昔のファミコンではよく起こりました)。

 ボールが1個飛んできたとしたら、どんなコースを動いたか、見て覚えるのは簡単です。それが2個になるとちょっと難しくなり、3個、4個、5個と増えると、どんなコースで動いたか、覚えるのはかなり難しくなります。
 人間が正確に認識できる数は、それほど多くありません。そこで、多数の関節が同時に動くことで、それを認識できなくなるのではないか、という仮説です。

 この2つの仮説よりも更に有力ではないかと思っているのが、ミラーニューロンが関わっているという仮説です。
 この仮説については次回。

2019年3月1日金曜日

物理的に考える正中線⑧ 正中線を得るための練習2

 サッカー選手の足は、他のスポーツ選手の足よりも器用ですね。手を使わないというルールが足の発達を促すのです。

 同様に。
 動きの中で正中線を作るには、動きにいくつかの「しばり」(制限)を作るのが有効です。正中線の結果となる条件を意識することで、身体の使い方が変わってきます。

 最初のしばりは、3つ。踏ん張らない、体幹を固めない、できるだけ楽な動きを探す、です。

①踏ん張らない
 動作前に、足を踏ん張って身体を支えないこと。
 普段私たちは、地面の助けを借りてバランスを取っています。あえて地面の助けを断つことで、身体内でバランスをとる動きが育ってきます。

②体幹を固めない
 正中線の維持には、体幹部の働きが必要です。体幹を固めて支えにするのではなく、積極的に動かして反作用を吸収します。
 体幹を動かすと目印としては、肩甲骨の位置、骨盤の角度、肋骨の高さ(呼吸で変わる)、脊椎の曲がる位置(どの位置で曲げたり反ったりするか)などがあります。あとは表面の筋肉の緊張など。
 このあたりについては、詳しく書いたほうが良さそうなので、別の機会に詳述します。

 なお、「うねらない、ねじらない」はここでも大事です。うねり、ねじりは強力に力を伝える方法ですが、全身がその目的に参加するため、体幹の自由な動きを妨げます。

③力まない
 このブログの「仮想の支点を作る」で書きましたが、動きの支点となる関節が固定していると、大きな力が必要になります。力強いと感じられる動きは、大抵の場合、効率が悪い動きです。

 コツは、主な関節だけでなく、できるだけ多くの関節を動きに参加させること。身体を柔らかく保ちつつ、固まっているところがあれば動かすようにして、軽い動きを発見していってください。

 こうした制限をつけて動いていると、試行錯誤の数に比例して、技術が向上します。


2019年2月18日月曜日

物理的に考える正中線⑦ 正中線を得るための練習1

 正中線は、意識して訓練する必要があります。
 教えてくれる先生についている人はいいのですが、そうした機会に恵まれていないこともありますね。
 そんな場合はまず、身体を柔らかくすることから始めてみましょう。

・正中線は「安定させる能力」
 「肩の力を抜け」とか、「力まない」ということは、武術でもスポーツでも、うるさいほど言われますね。それだけ、私たちは身体を固めがち。
 「固いほうが、重いほうが、動かないほうが強い」と、本能的に考えてしまうからです。
 普通にイメージする「安定」は、例えばピラミッド型の石が、ドンと置いてあるような感じではないでしょうか。広い面で安定、押しても引いても動かない安定感。しかし「動かない」は、見方を変えれば「動けない」ですよね。

 正中線は、形のある線ではありません。本来なら安定しないものを、絶え間ない調整によって安定させる「能力」なのです。

・まずは、立つことから
 安定させる能力は、固い安定をやめることで鍛えられます。

 立ち方は、自然体でも何でも、楽な方法で。
 立ったまま、身体の力を抜いてゆきます。当然、身体はぐらついてきますね。この時、足を踏ん張るのではなく、体幹を動かして、バランスを取ります。手足にあまり頼らないのがポイント。
 踏ん張らないために、バランスディスク(写真のような、空気の入ったクッション)や、重ねた座布団に乗るのも、一つの方法です。

 最初は「おっとっと!」という感じの、単純で大きな動きです。それが、練習をしてゆくと、多くの部分が小さく動くようになり、狭い範囲でバランスがとれるようになってきます。はたから見ていると「なんだあの気持ち悪いぐねぐねした動きは!」となるので、人の居ない場所がおすすめ。

 ある程度なれてきたら、動きの中でバランスを作ってゆくことになります。

2019年2月10日日曜日

物理的に考える正中線 余談 正中線ダイエット

 理論的には、完成された正中線があれば、重心の移動が最小限ですみ、エネルギー消費が少なくなるはずです。

 ただ、実際のところは、そうなりません。少なくとも、正中線を身につける途上では、恐ろしいほどにカロリーを消費します。
 というのは、体幹部を含め、全身の筋肉が動き続けるからです。

 筋肉は、動く時にエネルギーを消費します。
 正中線の維持には、体幹を含め、全身の筋肉が細かな伸縮を繰り返します。とくに、初期の段階では、バランスをとるための動作が行き過ぎてしまい、またバランスをとり、その動作がまた行き過ぎて…と、絶え間なく筋肉が作動するので、立っているだけで、とてつもなくエネルギーを消費します。
 
 個人的な体験ですが、私が正中線を意識して練習すると、明らかに呼吸量が増えるのがわかります。そして、一週間で1,2キロ、体重が落ちてしまうことも。
 練習中だけでなく、バランスをとる習慣がつくことで、エネルギー消費量が増えるのだなあと実感するしだい。

 これ、「正中線バランスダイエット」とか言って体系化したら、需要がありますかね?

2019年2月9日土曜日

物理的に考える正中線⑥ 正中線のデメリット

 正中線のデメリット。なんといっても「身につけるのに時間がかかること」です。

 運動は、脳で筋肉を動かすものです。操作する筋肉の数が増えるほど、操作が精密になるほど、脳の仕事は増えてゆきます。


 筋力で身体を支えて動くと、脳は楽です。
 例えば刀を振るなら、
「足を踏ん張って支え、進行方向に向かって体幹、肩、腕の筋肉を動かす」。
 もちろん微調整はあるでしょうが、基本的には使う筋肉を決めて「ON!」の指令を送るだけ。

 これが正中線のバランスを保ちながらだと、
「刀と腕が前に向かう時、肩を引いて支点をずらしつつ、下半身を前に送り出して釣り合わせ、刀の動く方向が前方から下方に変化するのに合わせて、体幹を沈めて前後のバランスをとって…」
 みたいな状況になります。もちろん、その動きは身体各部の重さや長さ、位置に合わせた厳密なもの。
 脳は、たくさんの筋肉に絶え間なくON・OFFの指令を送り続けなくてはなりません。これだけの情報を、リアルタイムで処理するのは不可能なので、パターン化してインプットする必要があります。

 これが、正中線を身につけるのが難しい理由です。
 身体の動きに応じた膨大なバランスの組み合わせを覚え込み、自動的に身体が動くようになるまで、練習を繰り返さなくてはなりません。筋肉を鍛えるよりも多くの時間を必要とします。
 しかも筋力と違って、練習の取っ掛かりを見つけるのが難しく、結果が出るにも時間がかかります。

 それなりのモチベーションを保たないと、なかなか続けるのは難しいかもしれません。

2019年2月5日火曜日

物理的に考える正中線⑤…正中線をもつことの意味

 正中線があると強い、と言われるのはどうしてでしょうか?
 全身のバランスを取る能力、という正中線の性質から考えてみます。

①バランスが崩れにくい
 これは言うまでもないですね。
 正中線は、バランスをとる能力。一部の動きでバランスが崩れても、別の部分で瞬時に補うので、全身の崩れを起こしにくくなります。

②「居付き」が起こりにくい 
 武術では、身体、とくに足元の動きが止まることを「居つく」と表現します。
 私たちが普通に動くときには、地面を支えに動きます。例えば、刀を前に振り下ろせば、身体は反作用で後ろに押されます。そのため足で支えるのですが、支えている間、足は動かせなくなりますね。
 正中線があるのは、動きの反作用を別の動きで相殺できるということ。身体各部の慣性力を使って反作用を処理できます。その結果、地面に踏ん張る動作が最小限で済み、足を止める時間が短くなるのです。

③動作が自在になる
 おそらく、これが一番の利点でしょう。
 正中線は、重さ・距離・加速度を自由に組み合わせてバランスさせる能力です。その能力は逆に、バランスをわざと崩して運動を作り出すためにも使えます。
 たとえば、太刀筋を途中で変えたり、密着した状態から大きな力を出したり(寸勁みたいなもの)といった動作をやりやすくなるのです。移動のときも、地面を蹴るのではなく、正中線を傾けることで動き出せたり。
 いろいろな動作の自由度が増すので、攻撃も防御もバリエーションが増えます。

④「見えない動き」のもとになる
 正中線を構成するには、身体の多くの部分を、多方向に動かすことが必要です。この動きそのものが、読まれにくい動作、いわゆる「見えない動き」のもとになります。詳しくは、別の機会に。 

⑤相手の動きを感じ取ることができる
 私たちの脳にはミラーニューロンと呼ばれるシステムがあり、他人の動作を見ると、あたかも自分が動作しているかのように反応します。ただし「自分が動作しているように」ですから、自分ができない動作には、正確に反応できません。
 つまり、身体を操作する能力が上がるほど、他人の動作を正確に読み取れることになります。 
 正中線を持つためには、全身の精密操作が必要です。正中線そのものではなく、正中線を構成できるだけの操作能力が、動きを見られるようにするのです。

 余談ですが、治療家として仕事をするにも役立つ能力です。


 ざっと思いつくだけで、正中線にはメリットがたくさんあります。
 では、どうしてそんな便利な正中線が、一般化しないのか。もちろんデメリットがあるからです。次回は正中線のデメリットを。

2019年1月27日日曜日

物理的に考える正中線④ 正中線は、釣り合いの範囲

 さて、前回、前々回と書いてきたように、質量と距離と加速度は、相互に交換できます。
 外見的な形が左右対称でなくても、部位によって動く速度が異なっていても、身体各部の質量、中心からの距離、加速・減速を把握することで、釣り合いを保つことができるのです。

 こうしたバランス自体は、誰でも使っているもので、それほど珍しくはありません。
 たとえば、剣道の打ち込みで前に出る時、竹刀を持ち上げる動きを使うと、身体の軸が前に傾くため、スムーズに進むことができます。
 錦織圭選手の「エア・ケイ」でも、ラケットを振り下ろす瞬間に足を前に出すことで、モーメントの打ち消しを行っているのがわかります。
 もっといえば、走るときに足と逆側の手がでるのも、モーメントを打ち消してバランスをとっているのです。 

 ただ、正中線では、バランスを取る動きを、なるべく小さい範囲で収めようとします。


 バランスの範囲が小さくなるには、多くの場所を細かく使う必要があります。たとえとして、ベクトルの分解図を使いましょう。

 上の図では、青の矢印と釣り合いを取るために、赤の大きな矢印一本の力を使っています。

 しかし、下の図では、四本の(①を分解したもの)で、釣り合いを取っていますね。数が増えた分、矢印の長さが短くなっているのがわかると思います。

 実際の正中線では、これにモーメント(回転)や、質量による慣性が加わるので、もっと複雑になりますが、基本的な原理は同じです。

 大きな動作の反作用を、小さな動作の組み合わせで支えることができる。一つ一つの動作が小さいほど、動きの気配は少なくなりますし、加減速が容易で、負担も少なくなります。

 釣り合いのバランスが正確で、ブレが少ないほど、効率よく力を使うことができます。身体操作に熟達し、バランスの範囲が線と呼べるほど細くなったのが、正中線だといっていいでしょう。

 正中線のもつメリット・デメリットについては、次回。

2019年1月22日火曜日

物理的に考える正中線③ 重さと加速度は、変換できる

 前回は、静止状態でのバランスでした。しかし、手足を動かす時の、加速や減速も、バランスに影響します。

 エレベーターで上に向かう時、動き出しに身体が重く感じますね。これは、加速による力を、重さとして感じるからです。
 この力は、加速が急なほど大きくなります。月に行ったアポロ11号の時には最大で体重の9倍の重さがかかったそうです。
(アポロの加速を計算してみたら、止まっていた新幹線が、1秒で時速280キロになるくらいの加速でした。きびしいですね~)

 つまり、加速・減速が急であれば、重さが何倍にもなったのと同じ効果があると言えます。

 右は、シーソーの図です。体重より重い荷物でも、ジャンプによる加速の反作用で体重が増えたのと同じことになり、一瞬だけは釣り合わせることができるのです。

 つまり、一瞬だけですが、加速度によって重さを変えることができるのです。

 人体で言うと、重量のある体幹部に対して、腕一本でもバランスをとることができるのです。
 右腕を挙げるときは「腕の質量×加速」分の抵抗で、右腕が重くなったのと同じ作用を起こします。止めるときには、加速された腕の慣性力(動き続けようとする力)によって、右腕が軽くなったのと同じ作用をします。

 水平方向でも同じです。腕を水平に前に振ると、体幹部は逆方向への反作用を受けます。腕をゆっくり加速すれば、反作用は小さいままですが、急速に振れば、体幹部の受ける反作用は大きくなります。

 前回、距離と重さは相互変換できると書きましたが、加速度と重さも相互変換できるわけです。
 これで、正中線に必要な道具が揃いました。

2019年1月14日月曜日

物理的に考える正中線② 重さと距離は、交換できる

 釣り合いが取れた状態は、中心を挟んで前後左右の力が釣り合っています。積み木なら、中心を揃えて積めば、前後左右のバランスが取れて安定しますが、人体の形は、そんなにシンプルではありません。

 カバンを持つ時、身体から離すと重く感じますよね。

 以前に、モーメントはシーソーの原理と同じと書きました。
 「力✕距離」で決まるので、弱い力でも、中心から距離が遠ければ、影響力が大きくなるのです。

 たとえば、写真の例のように、左手を横へ出すと、実際の腕の重さよりも影響が大きくなるので、そのままだと左に傾いてしまいます。
 姿勢を保つためには、どこかで釣り合いを取らなければなりません。

 さて、ここで先程の式
モーメント=力✕距離」
 が出てきます。

 この式で、力と距離は反比例の関係です。

 右の図は、以前にも出しましたが、重さ(力)が3倍になっても、距離が3分の1倍になればモーメントは同じになりますね。逆に、重さが3分の1倍なら、距離を3倍にすればつりあいます。

 模型写真の例では、左手が横へ大きく出た分、全体を右方向へ少しずらすことで、釣り合わせています。
 身体が腕よりも圧倒的に重いため、わずかな移動で釣り合いが取れているのです。

 身体の形が変化しても、重さ✕距離」が一定に保たれるように釣り合わせている限り、バランスが取れます。
 重さが半分なら、距離は二倍。重さが二倍なら、距離は半分。「中心からの距離と重さは、交換できる関係」だとおぼえておいて下さい。

 とはいえ、これは静止状態でのバランスが取れているに過ぎません。次回は、運動状態でのバランスについて書きます。

2019年1月9日水曜日

物理的に考える正中線① 正中線は距離と質量と加減速のバランス

 古武術などで、よく出てくる概念が「正中線」です。一般的に「重心を通る垂直な線」であると定義されますが、この正中線がしっかりしているのが達人だといわれます。

 しかし「正中線とは何か」あるいは「何の役に立つのか」について、具体的に語っている人は殆どいません。

 私も最初は漠然としたイメージしか持っていなかったのですが、
最近になって、正中線は「物理的な根拠のある、身体の使い方である」と実感しました。定義するなら「正中線とは、身体の各部を動かしてバランスを作り出す能力である」となります。
 なぜそう定義するのか、なぜ正中線があると有利なのかについて、物理の側面から書いてみようと思います。



●正中線は「加速度」と「質量」と「距離」の変換によるバランス能力

 積み木なら、中心をきっちりそろえて積むと、安定して高く積めます。人体でも、このように身体各部のバランスが中心にそろえられれば、いいわけです。
 
 しかし、人間は積み木のように静止することはありませんね。
 手足をちょっと動かすだけで中心はズレますし、動くだけで軸は傾きます。そんな動きの要素を分解すると、次の3つになります。

 加速度は速度の変化。速度の変化には、すべて力が必要です。動かしはじめの加速と、動かし終わりの減速。それに重力の加速も加わります。

 質量は、身体各部の重さ。体幹部は大きく、手足の先に行くほど小さくなります。

 距離は、重心から前後左右にどれだけ離れているかを示します。

 実はこの3つは相互に関連していて、補い合ったり、代用したりすることができるのです。それによって、多彩な姿勢、動きの中でもバランスをとることができます。

 そのキーになるのは、何度も書いてきた「モーメント」。
 次回からしばらく、モーメントがどのように正中線を作るのかについて書いていきます。

2019年1月7日月曜日

骨を斜めに使う…足では

 移動の話の続きです。
 前回、地面を蹴らずに移動するには、足の傾きを利用するという話を書きました。

 以前に書いた「骨を斜めに使う」は、足においても有効です。骨を斜めに使うことで、擬似的に、傾きを大きくすることができるのです。

 実際には、骨の上下にかかる力の位置を変えるのですが、力線が変わることで、足が傾いたのと同じ効果が出て、身体が前に進みます。
 メリットは、足の荷重を抜く(負荷をへらす)よりも小さな動作で、動きを開始できること。
 ちょっとしたコツの一つです。 

2018年12月30日日曜日

地面を蹴らない移動

 地面を蹴らずに移動するには「前方から引かれるように移動」などと言われたりします。実際に身体を引っ張っているのは、重力です。

 体重を、両足均等に支えているところから動き出す場合。
 最初の動き出しは、移動したい側の力を抜くことです。身体は支えを失って倒れてゆき、移動が始まります。
 しかし、全身で倒れるのでは、この動作は遅くなってしまいます。

 学校の掃除の時間に、ホウキを逆さまにして手のひらに立て、遊んだことはありませんか? あれは長いホウキだから簡単なので、短い棒(例えば金槌)ではうまくいきません。すぐに倒れてしまって、バランスが取りにくいからです。

 長さが短いと、僅かに動くだけで、大きく傾くことができます。
 例えば、長さ1.5メートルのホウキと、30センチの金槌があるとします。ホウキが30度まで傾くためには、ホウキの頭が80センチ動かなければなりません。しかし金槌が同じ傾きになるには、16センチ動くだけで十分です。
 倒れる力は、傾きが大きいほどに大きくなるので(横方向の分力が大きくなる)、短い方が加速が早くなる理屈です。

 倒れると言うよりも、腰が沈む感じ。「身体はまっすぐに」という、武術でよく聞くアドバイスは、このことを表したものかもしれません。

2018年12月16日日曜日

回らないで回る③ 縦に回る

 回転にも、縦回転と横回転があります。横回転は、水平方向の回転。この回転には手間がかかることは、以前も書いたとおり。
 同じ回転でも、縦の回転だと重力を利用できるので、モーメントを起こすのも止めるのも楽になるのです。


 左前の構えから一歩踏み出す時、体幹を水平に回すと、大きな抵抗を感じます。ところが、後ろ側(右側)の肩を腰を落とすようにして、左肩と腰の下をくぐらせるように回します(最初は、前体重の構えからが、やりやすい)
 感覚としては、振り子を持ち上げておいて落とすと、反対側に通り抜けてゆくような感じ。


 水平回転よりも、ずっと軽く回れることに気づくはずです。これは、重力によって回転を始められること、止めるのにも重力を使えることによるものです。


 ただ、この運動には、体幹部が柔軟なものだと意識する必要があります。体幹部を固い箱のように考えていると、動くことができません。
 まずは、肩と腰が柔らかく動かせるということを、より強く意識するところから始めます。

2018年12月12日水曜日

回らないで回る② 地面に頼らないモーメント

 回らないの意味は、地面からモーメントを受ける必要性を減らすことです。
 そこで、地面以外からモーメントを受ける方法があります。その一つは、腕、足などの内外旋でモーメントを作ること。
 内旋、外旋というのは、水平回転のことです。人体の場合、腕や足のねじりのことを指します。

  何かを押すと、自分も逆方向に押し返されるのが、反作用ですね。
 反作用は回転にもあり、何かを回すと、自分自身も逆方向に回転の力を受けます。

 簡単な実験です。
 片足立ちで「前へならえ」の格好をします。右か左へ腕を振ると、身体が反対方向に回るのがわかりますね。

 たとえば左前の構えを右前の構えに変えるとき。手を伸ばしたまま構えを変えると、体幹部に対して両手を右に振ることになり、体幹を左回しにする助けになります。

 足を前に運ぶときも、前足を内回し、後ろ足を外回しに軽く回しながら移動すると、足が出しやすくなります。
 面白いのが、まっすぐに立った姿勢よりも腰を落とした、つまり足を曲げた姿勢のほうが、反作用が大きくなること(モーメントの性質)。

 昔の格闘技の構えに腰を落とした姿勢が多いのは、こうした性質のせいかもしれない…というのは私の勝手な想像です。

2018年12月8日土曜日

回らないで回る①

 運動中に身体を回すには、モーメント(回転力)が必要です。しかし、地面を蹴って回ると、時間がかかる上に、動きを読まれやすいので、できるだけ地面には頼りたくありません。そこで出てくるのが「回らないで回る」です。

 合気道などで多用される、前足を軸にして、くるっと回る動作を例にします。

 普通に考えると図1のような足の動きになりますね。
 これは、身体から離れたところにある重量を回転させるのと同じ。加速にも減速にも、足を踏ん張って地面から力を受ける必要があります。


 さて、足を回すには地面から力を受けることが必要ですが、重心に向かって引き寄せたり、逆に押し出したりする動きは、地面から力を受ける必要がありません。

 そこで、足を回すのでなく、後ろ足を引き寄せてから、目的方向へ送り出します。重りを引き寄せて、その勢いで反対側へ飛ばす感じです。モーメントは、両足が接近したところで作用するだけなので、最小ですみます。

 また、この方法では回転が終わったところで止める必要もありません。動作の最後には、両足が広がって遠くにある「重い」状態なので、アンカーになってくれるのです。

 動いた結果としては回っているのですが、円弧を通らないことで、回ることについて回るモーメントを最小にしているわけですね。

 回る方法については、他にもまだまだ書くことがあったりします。体幹部を回らずに回す方法、地面に頼らずモーメントを作る方法、縦のモーメント等々。 
 次回以降、のんびりと。 

2018年12月3日月曜日

古武術に欠かせない「モーメント」の理解

 このブログで、何回か出てきた「モーメント」。簡単に言うと「物体を回転させる力」です。

 この先も何度も出てくるので、ここでまとめて解説しようと思います。(正確には「力のモーメント」あるいは「トルク」ですが、以下、単にモーメントと書きます)。
 
・モーメントの基本は、テコの原理
 ダンボール箱を、箱の中心に向けて押すと動きます(移動)。箱の端を押すと、箱は回りますね(回転)。
 中心からズレた力は、物体を回転させるように作用します。この「回す力」が、モーメント。  

 モーメントは、力の大きさ(強さ)と、中心からの距離の掛け算で表されます。難しそうに聞こえますが、簡単に言ってしまえばシーソー(テコの原理)と同じです。

 シーソーで、大人と子供が遊ぶ時、子供を中心から遠いところに座らせると、釣り合いますね。

 子供のほうが軽いのですが、中心から遠いので、距離が重さを補います。
 遠いのと、重い(強い)のとは同じ効果がある。これがモーメントの基本的な性質です。

 例えば「相手より有利な関節技の力学」で書いたとおり、関節技などでは、自分が相手よりも大きな半径の円を描くことで、相手より弱い力でも技をかけることができます。

・遠いのと、重いのは同じ効果
 また、中心から遠いところにあるものは「動かしにくく、止めにくい」性質があります。重いものが動かしにくく、止めにくいのと同じです。

 抜刀の話で書きましたが、刀が大きな円を描くように抜くと、加速しにくく、取り回しにくくなります。これは、大回しによって、刀が重いのと同じ意味になるからです。
 回し蹴りも同じで、大きく回す蹴りは強力ですが、加速と減速が大変。
 
・矛盾を成り立たせるのが技術
 重要なことなので、もう一度書きますが、遠いのと重い(強い)のは同じ

 武術では、強力で、早く、遠いところに届きながら、取り回しがしやすい動作が理想です。しかしモーメントで考えると、これらの条件は、見事なまでに矛盾しているのです。
 そこで様々な方法で、この矛盾をどうにかしようというところに、技術があります。
 そうした技術について、次回。

2018年11月30日金曜日

「踏ん張らない」の意味②

 前回に引き続き 「踏ん張らない」の解説。
 今回は、動作のときに踏ん張らないことについて解説です。

 そもそも、どうして足を踏ん張るのでしょうか。それは、物理でいう「反作用」に備えるため。

 壁を押したら、自分の身体が後ろに動きますよね。何かを前に押せば、その分だけ自分が後ろに押される。これが反作用です。
 剣を振ったり、拳を突き出したする反作用で体が後ろに倒れるのを防ぐために、足を踏ん張って支えるのです。
 逆に言えば、その踏ん張りがあるからこそ、剣や拳に力を乗せられます。

 しかしメリットが有るものには、デメリットがあります。
 足を踏ん張って動作を支えている間、足から手までは筋肉の緊張でつながっている必要があります。身体は固まり、動きは制限されます。足も動かしにくくなります。
 また、少し慣れた人なら、その緊張を見るだけで動きを読むことができます。

 「踏ん張り」をゼロにすることは不可能ですが、できるだけ力の出入りを少なくし、デメリットを減らすのが「踏ん張らない」の意味です。

 では、どうしたら地面との関わりを少なくして、自由に動くことができるのか。その答えの一つが正中線であり、正中線を理解するための条件が「モーメント」です。
 ということで、次回はモーメントの話。

2018年11月29日木曜日

「踏ん張らない」の意味①

 最後は「踏ん張らない」です。
 踏ん張らないことには「地面を蹴って移動しない」と、「動作のときに踏ん張らない」という意味の2つがあるので、一つずつ説明します。
 まずは、「地面を蹴って移動しない」です。

 最初に断っておきますが、動くのに地面から力を受けることは必要です。足で地面を蹴ることに頼りすぎないという意味で考えて下さい。

 さて、剣道の打ち込みなど、後ろ足で床を蹴って飛び出すとします。
 この場合、身体がぐにゃぐにゃしていると床を蹴った力が逃げてしまうので、身体を固め、一つの塊として前に飛ばすことになります。

 この方法は、2つの意味で効率が悪いです。
 武術的な意味では、身体を固めることで、動き出しが読まれてしまうことです。また、全身が一塊になって動いていると、動きがシンプルになって予測しやすくなります。
 なるべく部分部分が違う速度で動いて、動きを読みにくくするほうが有利。

 もう一つ、物理的な意味では、足の負担が大きくなります。
 物理的には、重いものほど慣性(止まり続けようとする性質)が強くなります。身体を一つの塊として一気に加速するには、大きな力が必要になり、足の負担が大きくなるのです。治療家として言えば、このように足に頼りすぎて、膝を壊してしまう人が多いのが気にかかります。

 身体を前に進めるには、いくつもの方法があります。 
 剣道で言えば、剣を振り上げる反作用で重心軸を前に傾ければ前進しますね。
 他にも、前足を抜いて進む方法、全身を崩すように進める方法、左右の差し替えで一部を進める方法などがあります。足で蹴って移動することにとらわれると、そうしたバリエーションに気づきにくくなります。
 足で蹴って移動しないは、「足を使わない」という意味ではなく、多くの身体操作のバリエーションに目を向けるという意味でとってもらえたらと思います。

 さて「踏んばらない」では、もう一つの「動作のときに踏ん張らない」の方も重要です。次回は、その解説を。

2018年11月27日火曜日

「うねらない」の意味

 前回の「ねじらない」に引き続いて、今回は「うねらない」の話。


 うねりは、身体を波打たせるようにして、力を伝える方法です。 ねじりが身体の弾力を利用しているのに対して、重量と加速の連動を伝達に使っています。大きな力を運ぶ有効な方法です。

 ムチと同じように、体幹などの重い部分から、手先などの軽い部分に伝達することで速度が上がってゆくのもメリットです。

 では、デメリットはなにか。
 速度と振動方向を持つという、波の性質そのものです。


 波の速度は伝達物質によって一定です。例えば音なら秒速340メートルで、あとから出た音が、前の音を追い越すことはありません。波が発生した時点で、到達の時間が決まってしまいます(人体の場合は、筋力を使うのである程度は調整が可能ですが)。
 到達のタイミングが限定されるので、足や体幹で起こした力が拳に伝わる頃には、相手が移動していることもあるわけです。

 また、波の振動方向は、一度決まれば変えられません。刀を右から振り下ろすつもりで身体をうねらせたら、そこから左に変えることはできないのです。

 動き出したら止まらない。タイミングの難しさと、変化の難しさというデメリットがあるので、うねりは武術的に使いにくいのです。

 余談ですが…。
 この記事を書くために、久しぶりに身体をうねらせる使い方をしてみました。2,3回試したあと、もとに戻そうとしたら、一瞬、どう動いていいかわからなくなりかけました。
 うねりの動きは、本能的に身体に染み付いているものなのだと実感した次第です。

2018年11月24日土曜日

「ねじらない」の意味

 私が学んだ甲野先生の松聲館では、「ねじらない、うねらない、踏ん張らない」ことを重視していました。

 ねじる、うねる(身体を波打たせる)、踏ん張る。どれも、大きな力を出そうとするときに、つい使ってしまいがちな動きです。
 当時は、それを使わない理由をぼんやりとしか理解していませんでしたが、今になってみると、どれも遅くならない、動きを読まれないための心得だとわかります。

・「ねじらない」の意味
 ねじらないと言っても、常に身体をまっすぐにしているわけではありません。ここで言う「ねじり」は、バネのように、力を溜めているねじりを指します。

 ねじることによってタメをつくり、大きな力を出す。パワー、スピードが必要なスポーツでは、普通の動作ですね。

 古武術でねじりを嫌うのは、時間差ができるからです。

 例えば、体幹をねじって動作するときには、下半身が先に動いて、上半身が遅れて動きますね。ねじりを見れば、そのあと上半身がどう動くかは、一見してわかります。パワーと引き換えに、時間の遅れと、動きの情報を相手に与えてしまうわけですね。

 また、こうして溜めた大きい力は、途中で変更が効きません。
 右拳を出すつもりで身体をねじったら、その力を左拳に使うわけにはいかないのです。剣術で、右から切り込む刀を、体捌きで左からの切り込みに変える技がありますが、こんな動作もねじって溜めた力では不可能。

 一般のスポーツでも、積極的にねじりを使うのは、野球やテニスなどの、相手と距離を置いて行う球技か、ゴルフのように自分のタイミングで動ける種目ですね。
 武術の場合には、ねじりのメリットよりもデメリットの方が大きいので、ねじりを嫌うのです。

2018年11月20日火曜日

古流空手で回し蹴りを使わないわけ

 正確に言うと、全く使わないわけではありません。ただ、前蹴り・横蹴りに比べるとずいぶん影が薄いです。
 現代格闘技ではメジャーな回し蹴りが、伝統的な空手の型に、ほとんど出てこないのはなぜでしょうか?

・前蹴りと回し蹴りの違い

 一本足で立ち、片足を浮かせた状態から前蹴りをすることはできますね。
 では、回し蹴りは?

 難しいですよね。これは、重心と足の移動方向の関係です。

 重心から遠ざかるか、近づく力に関しては、体重そのものが支えになります。前蹴り・横蹴りは、重心からスタートして、外へ向かう一直線の動きなので、体重を支えにして、不安定な状態からも打ち出すことができます。引き戻すのも同様。

 それに対して、回し蹴りは回転です。
大重量の足を加速するためには、一度地面を蹴って、身体に回転力を蓄え、それを足に伝える必要があります。前蹴り、横蹴りよりも一手間増えるわけですね。
 また慣性の法則が働くため、一度回りだしたものは、回り続けようとします。地面を蹴って身体が回り始めれば、その回転によって次の動きは限定されます(例えば、図のように身体が左回りに回っているときに、左からの攻撃を出すのは、ほぼ不可能)。

 加速の時間が長い上に、行動が限定される。回し蹴りは、強力である反面、自由を失う技なのです。

 現代格闘技は一対一の戦いが基本なので、タイミングを選ぶことで、強力な武器になります(最強の回し蹴りを持つと言われるムエタイも、一対一の戦いで完成された格闘技)。 しかし、多数が相手の乱戦を想定すると、動きを予測されやすい技を使いにくかったのではないでしょうか。
 戦う環境が、技の構成に影響する例ですね。

補足・抜きつけた刀がピタリと止まるわけ

 前回、居合の抜き付けの話を書きました。
 上手な人が抜刀すると、刀の切っ先が、前方でピタリと止まる。
 これも物理学です。

 まず、抜刀の過程をおさらいしましょう。
 前方へ抜いた刀は、慣性の法則で前方へ動き続けます。途中で柄を持った右手が右側へ向かうので、刀身は右回りの回転を得て、切っ先が前方に切り込むわけです。

 さて、切り込んだあと。

 刀を持つ右手には、3つの慣性力が働いています。

 1つ目は、まだ前方へ向かおうとする刀の慣性力(前方)。
 2つ目は、右回りの回転を続けようとする刀の慣性力(回転)。
 3つ目は、右側へ向かい続けようとする、右手自身の慣性力。

 この3つの力は、刀が切り込むまでは一致協力して切っ先を前方に送っていた力です。ところが、刀が右手を追い越したことで、位置関係が一変。それぞれが打ち消し合うので、刀は自然にピタリと止まるのです。

 もちろん、この3つの打ち消し合いをどこで起こすかは、抜刀する術者の調整しだい。右手の速度や、僅かな押し引きで変化させられます。
 そんなわけで、上手な人の抜刀は、前方でキレイに切っ先が止められるのです。

居合…抜き付けの物理学

 居合道の、代表的な動きが「抜きつけ」。一瞬で刀を抜き、横なぎに前方へ切りつける動作です。

・左から大きく抜くと… 前回、抜き付けで刀を左から大きく回して抜くのは、現実的でないという話をしました。右の図がそうです。

 回し抜きでは、刀全体が右回りの大きなエネルギーを持っています。したがって、刀の移動コース全体が斬撃の危険地帯になるので、攻撃範囲は広いと言えます。
 その一方、刀全体を、大きな半径で加速するための時間がかかるうえ、切った後も簡単に止まらず、取り回しが面倒です。

・ほぼ前に抜く

 ではどう抜くかというと、ほぼ前に向かって抜きます。
 刀は長軸方向へ引っ張られるので、モーメントは最小で済み、効率良く前方へ向かって加速されます。

 抜いてゆくにつれ、右手は右へ向かいます。
 刀の重心(中央にあるとします)は慣性で前に進み続けるので、柄が右へ向かうと刀全体が右回転を始めます。

 刀の切っ先は、もともとの前方への運動に、右回転の加速が加わって、高速度で前方に切り込んでゆきます。これが、抜き付けです。


 抜き付けでは、刀が持つのは基本的には前向きのエネルギーだけ。そのうちの一部が回転エネルギーに代わって刀の先側を加速するので、柄に近い側はあまり速度を持っていません。危険地帯は刀の前半部、いわゆる「物打ち」の部分に集中します。
 斬撃範囲こそ狭くなりますが、全体としてのエネルギーが小さいので加速が早く、取り回しも楽。抜き付けの終わったところで、右手が回転を止めるので、刀はピタリと止まり、すぐに次の動作に移れます。

 抜き打ちという動作が早さを求める以上、抜刀の方法はどうしても抜きつけでなくてはならないのです。