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2021年7月7日水曜日

力を捨てるところから稽古が始まる

 


 指導している学生さんが、浮かない顔をして来ました。いわく

「今週は、練習してる間に下手になった気がします…」

 とのこと。家族を相手の練習で、技が効かなくなっていたというのです。


 そこで手を合わせてみたところ、確かに崩しの動作に入ったところでピタッと動きが止まります。止まるのですが、止まり方が前回までと違う。

「この一週間で、かなり上達しましたよ!」

 と言ってあげると、本人は不思議そうな顔。実感がないらしいのです。それでも私が上達したと言ったのは、動きの質が変わっていたからです。


 以前の彼女は、力技で相手を崩そうとしていました。
 しかし崩し技は単なる力学ではなく、感覚に働きかける技術です。相手の力を読み、ぶつからないように自分の力を徹してゆくのですが、これが難しい。


 というのは、私たちの本能には「力を強くすればなんとかなる!」がプログラムされているからです。ビンのフタが開かないときは、もっと力を入れたくなりますよね。荷物が持ち上がらないときもそう。
 練習するときも、つい相手の力に対抗して力を入れたくなってしまうのです。


 力を入れると内部感覚は鈍くなりますし、大きな筋肉が固まることで、細かい筋肉の操作が難しくなります。

 上達のためには、一度力を捨てて、繊細な力の感覚と向き合う必要があります。本能を抑え、反射的に力が入る反応をしなくなるまでが、稽古の第一段階。
 とはいえ本能に逆らうのは難しく、それまでに挫折する人も少なくありません。


 学生さんは今回、それができるようになっていました。途中で止まっていたのは、感覚が鋭くなって無理を押し通さなくなったからです。

 もちろん、身体操作を覚えて技を使えるようになるまでには、まだ時間がかかります。しかし、この山を超えたことで確実に道は開けました。

 指導する側として、ほっとした次第です。


2021年6月3日木曜日

筋肉と会話する


 前回に引き続き、本能がじゃまをする話です。

昔、稽古を始めたばかりの頃は力任せに木刀を振り回していました。腕は今より一回り太く、重い木刀もなんのその。
しかし木刀の速度は今と比べ物にならないほど遅いものでした。

「力を入れると速くなる」というのも、本能的な誤解の一つです。
物理的には「力が強いと速くなる」正しいのですが、「力の実感」と「実際に伝わっている力」が異なるのが問題です。


●動作の効率

手で持つと重い荷物でも、リュックで背負うと軽く感じますね。同じものであっても、持ち方次第で重かったり、楽だったりするわけです。


動作も同じで、動き方次第で身体にかかる負荷は変わります。

例えば剣を振るだけでも、通るコースや遠心力の使い方で、必要な力の大きさは変わります。効率的になればなるほど、力は小さくてすみます。


ところが「力を入れると速くなる」と考えていると、楽に動ける方ではなく、手に抵抗感が伝わってくる振り方をしたくなります。そのほうが「大きな力を使っている実感」があるから。


さらにいうと「力を入れている」という実感は屈筋(曲げる・持ち上げる)の方がはっきりしているので、伸筋(伸ばす・支える)を使うべきところでも屈筋を使ってしまったり。

力は多く使うのですが、ムダばかりで速くなりません。


●練習は軽く、できるだけ軽く

では、どのように練習するか。逆に、力の実感がない動きを目指します。

抵抗感、手に伝わってくる感覚などに注意しながら、より軽く動けるということを基準にして練習を重ねてゆきます。


「筋肉と会話する」という言いまわしがありますね。効率の良い動きを目指す場合は「もっと頑張れ!」ではなく

「疲れてない?」と話しかけたいものです。


2021年5月31日月曜日

余談 … 早く走れる子供と、走れない子供の差は


前回、倒れないための本能が邪魔をする場合について説明しました。

関連して思い出したのが、子供のかけっこです。


私たちが走るときには、身体を前に傾けていますね。
走るための原動力は、地面を押す力です。その力を垂直(重力に対抗する方向)と水平(前方)に分けた、水平方向が加速に使われます。傾きが大きいほど、加速に使える力が大きくなりますね。

速く走れる子供は、身体を思い切って前に傾けることができるので、地面を蹴る力の多くを前進に使えるのです。


走るのが遅い子供では、上体が起きたままの子が少なくありません。これも、倒れないことを優先する本能のなせるわざ。うまく身体を傾けることができず、地面を蹴る力が身体をジャンプさせるために使われてしまい、加速ができなくなっています。


速く走るためには、足の上げ方とか腕の振り方などいろいろな要素があります。小学生のかけっこレベルでは、まず最初に身体の傾きに慣れさせることが必要かもしれません。


なお、足首が固いために前傾が苦手な子もいます。この場合は、足首を柔らかくするか、脹脛の筋肉を気長にストレッチするなどの対応が必要です。